『umigiwa profile』interview #05
移住者がつくる“集落の居間”となる交流拠点
時代の変化から次々と商店が閉店し、残すはわずか数軒となった今。数十年ぶりではと言われる一軒の飲食店が2022年12月、線路横の古民家を改修する形でオープンした。集落に新たな要素を増やす旗を掲げるように付けられたその店名は「チャイとコーヒーとクラフトビール」。店主は2018年に大阪から移住した大工の伊藤 智寿さんだ。
移住の理由について「2011年の東日本大震災を受けて、宮城県石巻市に被災地復興に行きました。全壊した集落を訪れた時、被災の深刻さに屈せず生きる人々の強さと明るさを目の当たりにして。いつかこういう海際の集落に移住したいと考えるようになりました」。調べていくうちに和歌山県に辿り着き、冷水浦と出会った。「日本各地にある集落同様に不便な点は多い。だけど、しっかりとしたコミュニティがある。僕が求めていた姿がここにありました」と智寿さんは原点を遡る。
移住するや否や友人たちを巻き込み、地域工房をつくるRe SHIMIZU-URA PROJECTをスタート。次々と空き家を購入しては希望者に実践で改修の技術をレクチャーしていった。目的は、被災時に誰もが自分で自分の場所を直せる力をつけること、そして空き家を活用して冷水浦に 移住したい人の助けとなること。すでに地域工房をきっかけに30代の男性2名が移住しており、日本各地から大学生が学びに訪れている。
さらなる段階として、集落の人々や移住を検討する人が気軽に立ち寄れる場所をつくるべく、いわば“集落の居間”となる飲食店の開店に至った。「移住者の僕の目に映る冷水浦は価値の宝庫。だけど、集落の人たちには日常過ぎて、価値が見えづらくなっています。この店が中と外を繋ぐ接点となることで、外の人が冷水浦の“面白さ”を知り、中の人が自分たちの集落の価値を再認識できる場所になったら嬉しいです」。
かつての復興支援で得た防災の教訓を活かし、眠ったままになっていた店先の井戸の水質検査を行って整備し、要件を満たすとして海南市が認定する「災害時協力井戸」に登録。有事の際に集落の生活用水として広く活用できるようにした。冷水浦には井戸が200軒近くある。だが長年使用されていないものが多く、登録に至るケースが少ないため、ここが先進事例の一つとなっている。さらに、2024年の夏頃までに大きなキッチンのある惣菜屋をオープンし、被災時に炊き出しの場として活用する予定だと言う。
そんな夫を支えつつ育児に励む有佳利さんは「冷水浦には一緒に井戸端会議を開いてくれる頼れるお母さんたちや、自分の孫のように子どもの成長を見守ってくれるお父さんたちがたくさんいて。おかげで楽しく子育てをさせてもらっています。これから同世代の子育て移住者が増えるよう、防災はもちろん、子育ての観点からも人と人の繋がりを大事にして、より安心して暮らせる冷水浦にしていきたいですね」。集落のコミュニティは、核家族で孤独になりがちな現代の育児を照らす一筋の光にもなりそうだ。
※写真解説
1枚目:大阪から移住してきた大工の伊藤 智寿さんと、妻の伊藤 有佳利さん(2023年)、2枚目:「チャイとコーヒーとクラフトビール」の外観(2023年)、3枚目:レクチャーのもと床を張る大学生(2023年)、4枚目:「チャイとコーヒーとクラフトビール」の店内(2022年)
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以上は、冊子『umigiwa profile』のweb版としての転載です。
発刊 2023年3月31日
企画 価値検証フィールワークユニット2023、友渕 貴之(宮城大学)
制作 前田 有佳利(noiie)
企画協力 日本建築学会海際文化小委員会、Seaside Monkey
制作協力 土井 佐知子(冷水自治会)
写真協力 内海小学校冷水分校資料、了賢寺